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世代間で受け継がれる未完了の連鎖
第3章 第2話「ついに明かされる本当の理由」 はこちら ◆母が叶えられなかった夢 母は子どもの頃、どうしてもピアノを習いたかった。 経済的な理由でもなく、理由もわからず なぜか、ピアノだけは頑なにダメと言われ 叶えてもらえなかったのだという。 だからこそ、その想いは強く残ったのかもしれない。 そしてその願いは、私に託された。 私はやりたくなかったし、 苦痛という時間でしかなかった。 ◆無意識に繰り返される構造 母もまた、「必要とされない」 という感覚を抱えていたのかもしれない。 だから悪気があったわけではない。 ただ、必要とされたかっただけ。 けれど子どもの私には、それは分からなかった。 ただただ、つらかった。 【追記】 母のようにはなりたくないとずっと思っていた。 あんなふうに押し付けたくない。 あんなふうに、わからせようとしたくない。 でもある時、気づいた。 私は誰かに「わかってほしい」と願いながら、 その実、「わからせよう」としていた。 正しさの顔をして。 あの瞬間、ぞっとした。 このままいけば、最も避けたい 同じ構造を再現する側になる。.
2月16日


ついに明かされる劣等感の本当の原点
※第3章 第1話「評価が怖かった本当の理由」 はこちら ◆母に言われた、あの一言 「2人目は男の子が欲しかったのに、女の子でがっかりした。」 母にそう言われたとき、私はまだ幼かった。 きっと母は、何気なく言ったのだと思う。 でも子どもの私は、その言葉をまっすぐに受け取った。 私は、望まれて生まれてきたわけじゃないんだ。 その瞬間、心の奥に小さな傷ができた。 ◆家族の中の見えない序列 姉や弟は、欲しいものを買ってもらえた。 やりたい習い事も、やらせてもらえた。 私はいつも姉のおさがり。 やりたいと言った習い事は、させてもらえなかった。 その代わりに、やりたくもないピアノを習わされた。 暴力があったわけではない。 特別ひどい家庭だったわけでもない。 でも、何気ない言葉と小さな扱いの差は、 子どもの心に静かに積み重なっていく。 私は、家族の中で一番下なんだ。 無意識のうちに、そう思い込んでいた。 ◆頑張らなければ、価値がない 必要とされない。 そう感じたくなかったから、私は必死になった。 人に頼らない。 弱音を吐かない。 結果を出す。 頑張らなければ、
2月14日


評価が怖かった本当の理由
失敗することが、怖すぎた。 できなかった自分を、誰かに見られるのが怖かった。 だから私は、失敗しないように生きてきた。 否定されたくなくて、完璧を目指していた。 ※この「頼れなさ」の背景については ▶ 第2章まとめ|なぜ私は人に頼れなかったのか でも書いています。 劣等感は、もう過去のものだと思っていた。 でも仕事をしている自分を見たとき、そこには同じ構造があった。 ◆月1の会議で突きつけられる数字 調理師として施設で働いていた頃、 月に一度、職員や入居者からの意見を共有する会議があった。 その中でも、最も嫌だったのが「残食」の報告だった。 どのメニューが多く残されたか。 どの料理が人気がなかったか。 ただの数字。 ただの事実。 本来は改善材料にすぎないもの。 でも私の中では違った。 「人気がない=私の腕が悪い」 そう聞こえていた。 誰もそこまで言っていないのに、 勝手に「能力の烙印」を押された気持ちになっていた。 会議が終わると、 張り詰めたものが切れたようにどっと疲れが出る。 失敗したくない。 否定されたくない。 その思いだけで動いていた。
2月12日


第2章まとめ|なぜ私は人に頼れなかったのか
「もう頑張りたくない」 そう思っているのに、なぜか力を抜けない。 人に頼りたい気持ちはあるのに いざとなると、意意識に反してしまう。 この記事では、 「頑張ることを手放すのが怖い理由」 →「人に頼れなくなった仕組み」 →「そこから抜けるための最初の一歩」 を、3つの記事をつなげて整理しています。 ◆頑張ることを手放すのが怖いのは、なぜか 多くの人は、無意識のうちに 「外の世界は気を抜いたら危険な場所」 として生きてきました。 そのため、 常に気を張ってしまう 休むと罪悪感が出る 手放す=無責任・弱さだと感じる という反応が、思考ではなく身体レベルで起きます。 これは意志の問題ではなく、 これまで生き延びるために身についた反応です。 ▶︎ 第1話: 外に出るとなぜか戦っていた私はこちら ◆人に頼れなくなった本当の理由 「全部、自分でやらなきゃ」 「頼ったら迷惑をかける」 「期待して傷つくくらいなら、一人の方がいい」 こうした思考は、決してネガティブ思考ではありません。 人に頼れない人ほど、 過去に“頼れなかった経験”を積み重ねてきた。 だからこそ、
2月10日


人に頼れなかった私が、はじめて動けた日
この記事は、「人に頼れない理由」全3話の最終話です。 ▶︎ 第1話・ 外に出るとなぜか戦っていた私 ▶︎ 第2話・ 「全部、私がやらなきゃ」と思い込んでいた理由 を振り返りました。 まだ読んでいない方は、こちらから先にどうぞ。 ◆怖さは薄れていたのに、なぜか止まっていた 人が怖い、という感覚は以前より薄れていた。 でも、なぜか止まる。 セッション募集は出ていたのに、 自分が入れる枠は、いつも満席。 やっとの事、枠を確保しセッションをしてもらった。 本当は、自分で募集を出せばいいのに、 でも、それができなかった。 頼りたいのに、頼れない。 助けてほしい、それなのに、 自分から募集が出せない。 この感覚は、セッションだけじゃなかった。 仕事も、プライベートも、同じ構造が繰り返されていた。 フラクタルのように、人生のあちこちに。 メンタルブロックを外したあと、 私は小さな行動を選んだ。 募集を出す。 それだけ。 動かなければ、現状は変わらないと知ったから。 ドキドキした。怖かった。 でも、できるようになった。 それは劇的な変化じゃない。 でも確かに、止
1月24日
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