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評価が怖かった本当の理由

  • 執筆者の写真: latentswitch
    latentswitch
  • 2月12日
  • 読了時間: 3分

更新日:2月24日


自分と世界の間に薄い膜があるように見える風景


失敗することが、怖すぎた。

できなかった自分を、誰かに見られるのが怖かった。

だから私は、失敗しないように生きてきた。

否定されたくなくて、完璧を目指していた。


※この「頼れなさ」の背景については



劣等感は、もう過去のものだと思っていた。

でも仕事をしている自分を見たとき、そこには同じ構造があった。


◆月1の会議で突きつけられる数字


調理師として施設で働いていた頃、

月に一度、職員や入居者からの意見を共有する会議があった。


その中でも、最も嫌だったのが「残食」の報告だった。

どのメニューが多く残されたか。

どの料理が人気がなかったか。


ただの数字。

ただの事実。


本来は改善材料にすぎないもの。

でも私の中では違った。


「人気がない=私の腕が悪い」


そう聞こえていた。

誰もそこまで言っていないのに、

勝手に「能力の烙印」を押された気持ちになっていた。


会議が終わると、

張り詰めたものが切れたようにどっと疲れが出る。



失敗したくない。

否定されたくない。

その思いだけで動いていた。


クレームが来ないように先回りし、部下の仕事まで抱え込み、

完璧にしておかなければいけないと思い込んでいた。



◆本当に怖かったのは「評価の意味」


でも本当は、

評価が怖いのではなく、

評価の奥にある「意味」が怖かった。


評価=能力の否定能力の否定=存在の否定

無意識に、そう結びついていた。


もしあなたが、

  • 人からのフィードバックに過剰に反応してしまう

  • 少しの指摘で自分全体を否定された気持ちになる

  • 結果が出ないと「私には価値がない」と感じてしまう


そんな感覚があるなら。

それは性格の問題ではありません。



◆私は「必要とされない」と感じていた


セッションで、自分の内側を丁寧に辿ったとき私は気づいた。

これは仕事の問題ではなかった。

もっと前。

もっと深いところで身についた感覚だった。


私はずっとどこかで、「必要とされない」と感じていた。

それは事実ではなく、

幼い頃にそう感じるしかなかった

体験から生まれた感覚だった。

家族の中で、自然と身についた「ポジション」。

無意識は、自分を守るためにその記憶に簡単には触れさせない。

だから私は一人では辿り着けなかった。


◆劣等感は生まれつきではない


頭で理解するだけでは、この構造は変わらない。

感情の奥にある背景を理解したとき、はじめて力が抜けていく。

劣等感は、生まれつきではない。

ただ、気づいていない構造があるだけ。

そしてその構造は、安全な対話の中でしか溶けていかない。


体験セッションでは、あなたの中にある

その無意識のポジションを一緒に丁寧に紐解いていきます。

無理に思い出す必要はありません。

責める必要もありません。

ただ、「なぜこんなに苦しいのか」を一緒に見ていくだけです。


続きは、次回お話しします。

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