「全部、私がやらなきゃ」と思い込んでいた理由
- 1月23日
- 読了時間: 3分

◆外の世界は、いつも気を張る場所だった
一話で書いたように、
気を抜いたら負ける。隙を見せたら終わり。
そんな感覚で、私はいつも身構えて外に立っていた。
だから、いつの間にかこう思うようになっていた。
◆「全部、私がやらなきゃ」と思い込むようになった理由
誰かに任せるより、自分で抱えた方が早い。
頼るくらいなら、私がやった方がいい。
一人で背負うのが当たり前になっていった。
でも本当は、手放したくなかったわけじゃない。
手放したら、自分じゃなくなる気がしていた。
変わるのが怖かったんじゃない。
消えてしまうような感覚だった。
これまで頑張ってきた私は、否定されてしまうんじゃないか。
じゃあ、今までの努力は?私は何だったの?
そんな心の声が出てきた。
本当は、誰かに頼りたかった。寄りかかりたかった。
手放せば楽になることも、頭ではわかっている。
でも、心が追いつかない...。
そんなとき、かけられた言葉がある。
それを手放しても、あなたが無くなるわけでもなく
これまでの努力が、意味のないものになるわけでもないですよ。
ずっと力を入れたまま、走り続けているだけ。
『全部、私がやらなきゃ』と
思いながら生きてきたから、
気づかないうちに、
休むことも、任せることも、忘れてしまっただけです。
力を抜くことは、ただ、本来の呼吸に戻るだけで
パフォーマンスが上がるだけなんですよ。
ただ、生き延びるために身につけたものが、
今の私には重たくなっていただけだった。
◆苦しくなっている人ほど、十分頑張っている
なのに、
まだ足りない
もっと学ばなきゃ
もっと変わらなきゃ
そう思い込んで、さらに自分を重くしてしまう。
でも、私のセッションは何かを足す場所ではなく
ただ、もう必要なくなった感情を静かに外していくだけ。
「私がやらなきゃ」という思い込み。
それらが、気づかないうちにあしかせになっていただけ。
それを外すと、軽やかに前に進み始める。
無理に頑張らなくても、何かを証明しなくても。
「全部、私がやらなきゃ」そう思わなくなったとき、
私は初めて、軽く息を吸えるようになった。
でも、手放しただけでは
人生が勝手に動き出すわけじゃなかった。
▶︎3話では、人に頼れなかった私が、
はじめて「小さな行動」を選んだ日のことを書いていきます。
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この連載で書いている内容は、
私自身が体験して乗り越えてきたプロセスです。
(※「手放す」感覚を、頭ではなく体で知りたい方へ)





