完璧主義の正体って何なのだろう?
- latentswitch
- 4月19日
- 読了時間: 3分
更新日:4月22日

前回は、
について書きました。
でも実はそれは、結果ではなく表に出ている反応。
本当に見ていく必要があるのは
その奥にある「過去の感情」。
どうしても動けないまま、
モヤモヤが消えなくて相談したことがある。
その時に、こう聞かれた。
いつになったら完璧になるの?
どういうのが完璧なの?
答えられなかった。
言葉に詰まった。
完璧を目指していたはずなのに、
その「完璧」が何か説明できなかった。
なんでだろうと思った。
内省していくうちに、少しずつ見えてきた。
怖かったのは、失敗じゃなかった。
出来ない自分を見ることだった。
みんなは出来ているのに、
自分だけ出来ていない。
その現実を突きつけられるのが、
怖かった。
その時、ある記憶を思い出した。
小学生のころ、夏休みにキャンプがあった。
本当は行きたかった。
参加できるのは、スポーツ少年団に入っている人だけ。
私は入っていなかったから、参加できなかった。
仲のいい友達は、みんな行っていた。
自分だけ行けない。
休み明け、みんなが楽しそうに話している中で
「自分だけ取り残されている」
そう感じていた。
いじめにあったわけじゃない。
でも
すごく惨めで、
自分だけ取り残されたような感覚だった。
今ならわかる。
ただ、そう感じていただけだということ。
でも、その時の感覚は本物だった。
その感情が無意識に残っているから、
形を変えて、今も同じように感じてしまう。
そして気づいた。
完璧になってからやろうとしていた時も、
同じだった。
誰かに否定されたわけじゃない。
出来ないと決めつけられたわけでもない。
それなのに私は、
「自分だけ出来ていない側にいる」
そう思い込んで、その場に立つことを避けていた。
完璧になってからやる、という形で。
完璧を目指していたんじゃない。
出来ない自分から、目を逸らしていただけだった。
過去の感情が残っている限り、
人は同じ場所で止まり続ける。
じゃあ、その状態からどう抜けていけばいいのか。
完璧じゃないままでも、前に進むことはできるのか。
▶︎ 次は「不完全なまま動く」
という選択について書いていきます。
もし、あの時の私と同じように、
理由はわからないのに動けない感覚があるなら。
それは今の問題ではなく、
過去の未消化の感情が影響しているのかも。
LATENTSWICHの体験セッションでは、
そういった無意識の反応を丁寧に見ていきます。
「なぜ止まるのか」を言語化できるだけでも、
次の一歩の感覚は大きく変わります。
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